もともと虫が苦手で、ハチはもっとも苦手なもののひとつである俺は、
「ハチは何もしなければ、刺さない」
とうい教えを厳しく守り、何年も前から炭焼き小屋の近くにスズメバチがいるのを知ってはいたけど、
「どうか刺さないでください。」
と願うばかりだった。
対照的に何度もスズメバチに刺され、仕事がらしょっちゅうスズメバチ退治の依頼を受けて任務を遂行する92ちゃんは、スズメバチに対して好戦的だ。
ある炭焼きのじいちゃんが、山小屋で3匹のスズメバチとの格闘の末、3匹全員に指され、一撃一撃が
「バットで殴られたような痛さ」
と表現していたし、刺されると命を落とすこともあるということを聞いていたので(そのじいちゃんは、病院にいかず、竹酢液を塗っただけというツワモノだった)、スズメバチとの戦いほど恐ろしいことはないと感じていた。
しかしスズメバチには悪いが、自分だけでなく、窯場の近くに来る人たちの安全にも関わるからいなくなってくれればいいと願っていた。
92ちゃんの武器は、俗称「マグナム」。
通常の虫退治スプレーと違い、マグナムは、銃や火炎放射器のような形をした、いかにも戦闘をしているような雰囲気の味わえるもの。
それが人間の闘争本能を刺激するのだろうか、92ちゃんがスズメバチ退治に入った現場のお母さんは、毎日のようにマグナムを持って走り回るようになった、近所のジジイもマグナムを何本も隠し持っているなどという目撃談もある。
昨日は、炭材の竹を切っていると、スズメバチが俺の背後に4~5匹も群がってくるのでそのつど作業を中断しなければならなかった。
ハチは油のにおいなどに引き寄せられてくるようで、チェーンソーを使っていると呼び寄せてしまうようだ。
スズメバチとの戦闘を怖がり尻込みする俺とは対照的に、好戦的な92ちゃんはそのつどマグナムを発射した。
そしてついにどこにあるかわからなかった巣のありかを見つけた。
それは、斜面にひっくりかえっていた古い水色の風呂桶の中だった。
なぜこのような場所に風呂桶が転がっているのかも謎だが、それはおいておいて、風呂桶をめくる瞬間というのは緊張感や恐怖、テンションなどあらゆる感情がピークになった。
巣を攻撃して大量のハチに刺されて死んだ、などという話を昔からテレビなどで聞いたことがある。
俺がマグナムを構え、92ちゃんが風呂桶をめくると、スズメバチがまさに「うじゃうちゃ」といた。
マグナムから生き延びた数匹のスズメバチは飛び散り、あらゆる方角からわれわれに襲い掛かり、一時退散した。
昨日いた中でもっとも臆病な俺は、車の中に逃げた。
しかしそれらのハチも何とか仕留め(92ちゃんが)、敵の本丸である巣の駆除を行った。
燃やすのが一番いいようだけど、窯を暖めていた火はふさいだばかりだったので、水攻めをすることにした。
多くのスズメバチやその幼虫たちにはまことに申し訳ないけれど、これで平和が訪れた。
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